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 医療の高度化への挑戦
 脳梗塞に対するt-PA療法の実践。患者さまを後遺症から救うために。

出血傾向がないか、24時間集中して全身管理を行う。

シリンジポンプ.jpg一森20080624_03.jpg しかし、SCUの看護が本当に大変なのはt-PA投与が終わってからだろう。
 t-PA投与の後はどんな患者さまでも出血傾向となり、特に6時間以内で出血するケースがある。投与後2時間は15分おきに血圧と瞳孔などの神経サインをすべてチェック。異変があれば、直ちに主治医に連絡する。その後、6時間経過するまでは30分ごと、続いて24時間後まで1時間ごとにチェックする。長岡医師、宇野医師も何度となくベッドサイドへ赴き、Aさんの様子を確認する。経過は非常に良好だった。
SCUでは常時3名の看護師が勤務し、病室全体に目を配らせている。当時の北館2 階A病棟(ICU・SCU)師長・一森雅美は語る。「ここはすべてのベッドが見渡せるようになっています。だから、自分の受け持ちの患者さまでなくても、全員で患者さまを支えています。昼夜を通して、緊張の糸が切れることはありませんね」。


確率的に防げない出血。即刻、外科的治療を行う。

低体温療法.jpg Aさんの場合は事なきを得たが、出血するケースもある。脳神経外科部長の魏医師に聞いてみた。「t-PA療法は、どうしても出血というリスクが伴います。出血した場合は緊急開頭血腫除去術で素早く対処します。逆に言うと、24時間緊急事態に備えてフルに動ける体制があるからこそ、当院は自信をもってt-PAを使用することができるんです」。
 t-PA療法は劇的な効果が期待できる反面、副作用というリスクが伴う。だからこそ、安易な投与は決して許されない。そこで、日本脳卒中学会ではt-PA療法の施設基準や厳しい治療指針を定めている。そうした基準をクリアしている民間病院はそれほど多くない中で、馬場記念病院は、それらを十二分にクリアしている。CTやMRI検査を24時間行うことができ、脳神経外科では専門医6名を含む8名という充実した診療体制により、リスクに対して脳神経外科的処置を迅速に行える体制が完備されているのだ。


麻痺していた右の手足が動いた。

 t-PA投与が終わり、落ち着くと、ようやくご家族の面会が許された。Aさんはこの時点ではまだ右手足が動かず、言葉も出にくい状態。枕元で、お嫁さんが声をかける。「私が誰だかわかる?」この問いかけにAさんは一語一語、言葉を探すように名前を口にした。しかし、それは聞き覚えのない名前だった。今度は息子さんが「右手足は、動く?」と声をかけるが、ピクリとも動かない。ふたりは不安を覚えた。ところが、翌日になると不安は一気に吹き飛んだ。面会したお嫁さんが「誰かわかる?」と聞くと、しゃべりにくそうではあるが、「裕子ちゃん(仮名)」という答え。「これを聞いて、よしって思いました」と、お嫁さんは笑う。また、昨日は動かなかった右手足も、わずかではあるが、曲げ伸ばしできるようになっていた。Aさんは着実に回復の道を歩み出したのである。
 この日から理学療法もスタートし、3日目からおかゆの食事も始まり、手足も日に日に動くようになっていく。その回復スピードには、久野らSCUの看護師も皆、目を丸くするほどだった。入院4日後、全身状態が安定したことを見届け、長岡医師は一般病棟へ移ることを許可した。
 この転棟の当日も、Aさんはご家族をびっくりさせる。一般病棟の病室を訪ねた息子さん夫婦が見たのは、ベッドにちょこんと座っているAさんだったのである。「なんや寝てばっかりで疲れてしまって」と笑うAさんを、ふたりは驚きと喜びの入り交じった表情で見つめた。


一刻も早い受診が超急性期脳卒中を救う。

宇野HA4V6152.jpg 一般病棟で2週間余り、理学療法士による歩く練習や言語聴覚士による言葉の訓練を繰り返しながら、Aさんはみるみる回復し、冒頭の退院の日を迎えたのである。
 退院の日、長岡医師はやさしくAさんに語りかけた。「血圧と脈は毎日測ってください。日常生活では転ばないように注意して、何かあったらすぐこちらへ来てください」。話を聞き終えたAさんは、発病前とほとんど変わらない口調で「お世話になりました」と頭を下げた。
 現在、Aさんは自宅に戻り、少しずつ以前の暮らしを取り戻しつつある。仕事は休んでいるものの、洗濯も料理もこなせるようになってきた。今後の目標は?と尋ねると「すべて元通りになること。まずは一人で、愛犬の散歩に行きたいですね」と朗らかに笑った。
 早期の発見、速やかな搬送、そして、良好な血液所見やCT画像所見、順調なt-PA療法の経過…。Aさんの事例はいくつもの幸運が招きよせた、理想的な脳梗塞の回復ストーリーと言える。長岡医師自身も「ここまで良くなる方は珍しい」と感嘆する。ただ一つ、この事例から学べることは、発症したら即座に受診することの重要性だろう。それは次頁の魏医師のメッセージのなかでも、強調されていることだ。
 最後に、脳梗塞急性期治療の今後について、宇野医師に聞いてみた。「t-PAの弱点は、3時間以内でないと投与できないことです。それに間に合わない患者さまに対して、海外では血栓を機械的に除去する治療が行われています。これは、カテーテルの先に特殊な装置をつけ、血栓を引っ張り出すような治療です。いずれは日本でも承認されると思いますね」。かつては、有効な治療法がなかった脳梗塞に対し、次々と新しい治療法が研究され、認可されていこうとしている。馬場記念病院の魏医師率いるブレインチーム(脳神経外科のチーム)は、常に最先端の医療情報にアンテナを張りめぐらし、最新かつ最善で、なによりも安全な治療を展開していこうとしている。

キーワード

日本脳卒中学会が定めるt-PA使用の施設基準

日本脳卒中学会では、安全にt-PA療法を行うため、次のような施設基準の骨子を勧告している。

  • 1. CTまたはMRI検査が24時間可能であること
  • 2. 集中治療のため、十分な人員(日本脳卒中学会専門医など急性期脳卒中に対して十分な知識と経験を持つ 
  •  医師を中心とするストローク・チーム)と設備(SCUまたはそれに準ずる設備)を有すること
  • 3. 脳外科的処置が迅速に行える体制が整備されていること
  • 4. 実施担当医が、日本脳卒中学会の承認する本薬使用のための講習会を受講し、その証明を取得すること

コラム

急性期後の脳梗塞治療

急性期を脱した患者さまは通常、回復期リハビリテーション→慢性期リハビリテーション→訪問・通所リハビリテーション(在宅療養)へと段階を進んでいくことになる。医療法人ペガサスでは万全の支援体制を敷き、急性期から在宅まで円滑にバトンをつなぎ、切れ目のない医療を提供している。まず、回復期病棟での治療を終えた方で、引き続き入院治療の必要な方はペガサスリハビリテーション病院へ移り、慢性期リハビリテーションを続けていただく。病院を退院した後も、地域の先生方をはじめ、法人内の訪問リハビリテーションセンター、デイケア(通所リハビリテーション)センター、在宅サービスセンター、訪問看護ステーション、ケアプランセンターと各部門が連携し、患者さまの在宅療養を支えている。

コラム

脳梗塞のサインを見逃さない

下記のような症状が出ると、脳梗塞の疑いがあります。すぐに救急車を呼びましょう。

  • ● 手足のしびれや麻痺が起きる。
  • ● 突然、言葉が出にくくなり、ろれつが回らなくなる。
  • ● 口の端からよだれがこぼれる。
  • ● ふらふらしてまっすぐに立てない。
  • ● 物が二重に見え、視野が狭くなる。
  • ● 意識がもうろうとする。
  • ● 激しいめまいを感じる。  など